「含鉄泉(鉄・緑礬泉)」 のカテゴリ
「含鉄泉(鉄・緑礬泉)」 に関連する温泉
- 明治温泉 【長野県】 めいじおんせん
- 船小屋温泉 【福岡県】 ふなごやおんせん
- 登別温泉 【北海道】 のぼりべつおんせん
- 小浜温泉 【長崎県】 おばまおんせん
- 有馬温泉 【兵庫県】 ありまおんせん
- 鉄泉
明治温泉 【長野県】 めいじおんせん
湯みち街道に沿って流れる渋川沿いに点在する、奥蓼科温泉郷(横谷温泉・明治温泉・渋川温泉・渋温泉など)の一つです。
江戸時代(1840年)に発見されて明治時代に宿ができたから「明治温泉」なのではなくて、温泉名の由来は「明らかに治る」から明治と名付けられたそうです。
明治温泉は、カラマツ林に囲まれて、「おしどり隠しの滝」のたもとに一軒宿の「明治温泉旅館」があります。
江戸時代以前から開かれていたという湯みちの道すがらには、病の癒えた人々が寄進した石仏「湯みち観音」が33体、湯治場への道しるべにと並んでいます。
温泉の場所:長野県茅野市北山奥蓼科
船小屋温泉 【福岡県】 ふなごやおんせん
船小屋温泉は福岡県筑後市の南部にあります。矢部川をはさんで新船小屋温泉があり、有明海に注ぐ矢部川沿いの田園情緒あふれる川畔のいで湯です。
船小屋温泉は炭酸ガスが多く、飛んでいる雀が墜死することから雀地獄とも呼ばれていました。
炭酸を含む温泉は、地元の人に「飲む温泉」として親しまれています。誰でも自由に飲むことのできる、共同の温泉場「船小屋鉱泉場」は街の社交場となっています。(長田鉱泉場は有料)
1689年(元禄2年)久留米藩が、矢部川の護岸工事用の石を運ぶ船を、洪水から守るために建てた格納小屋を、当時「石船小屋」と呼んでいましたが、この「石船小屋」が「船小屋」の温泉名になったと言われています。
温泉の場所:福岡県筑後市船小屋温泉
登別温泉 【北海道】 のぼりべつおんせん
登別温泉は北海道登別市のクスリサンベツ川の谷に温泉街がある、北海道屈指の温泉地です。昔くからアイヌの人々が、薬湯として利用していたとといわれていますが、温泉場としてその存在が知れ渡ったのは江戸末期です。
地獄谷から硫黄の採掘を行っていた岡田半兵衛が共同浴場を作ったことから始まり、本格的に温泉街として開発されたのは明治以降となります。
北海道屈指の温泉地である登別温泉は、西に洞爺湖、南に倶多楽湖(くったらこ)、北東に支笏湖を臨み、それをとりかこむ活火山によって形成された巨大カルデラ地帯にできた温泉郷で、1日1万トンもの湯量を誇り、多くの種類の温泉が湧出していることで、「温泉のデパート」などと呼ばれています。
温泉の場所:北海道登別市登別温泉町
小浜温泉 【長崎県】 おばまおんせん
小浜温泉は長崎県雲仙市小浜町(旧肥前国)にあります。
小浜温泉は713年「肥前風土記」に「高来(たかく)の峰の西南より、温泉の湧出するのが見ゆ」と記されたほど、熱量・温度とともに豊富な温泉として有名です。海辺に沈む夕日が美しい、橘湾を臨む海辺の温泉街です。
温泉の場所:温泉の場所:長崎県雲仙市小浜町
有馬温泉 【兵庫県】 ありまおんせん
六甲山のふもと六甲山系に抱かれた有馬は、日本最古の温泉で、すなわち人間がまだ土を掘る技術を持たない時代より大地の恵みを蓄え湧き出ていた自然の温泉であるということです。由来は神代に遡る三古泉・三名泉の一つです。
太閤秀吉が愛した温泉地としても有名で、近年秀吉の湯殿跡も発見されました。大阪より1時間、神戸三宮より30分とアクセスも良く、関西の奥座敷として親しまれています。
平安時代には今日の都にも評判が伝わり、清少納言も「枕草子」にその名を記した、薬効豊かな有馬の湯(御所、天神泉源)があります。
豊臣秀吉もこの有馬を9回も訪れ、晩年には弱り行く自分を嘆き、「月も日も いのち有馬の湯にうつり やまいはなしの 花とちりけり」和歌を残しています。有馬温泉で病を治し、豊臣家の栄華を守ろうとした豊臣秀吉。有馬の湯は天下取りの源だったのです。
江戸時代に入ると、有馬の名は全国に知れ渡り、温泉番付では東の「草津」と並び、当時の最高位「西の大関」(関脇 城ケ崎温泉、小結 道後温泉 前頭 山中温泉)と称されたほどです。
温泉の場所:兵庫県神戸市北区有馬町
鉄泉
鉄泉は鉄分を多く含んでいて、貧血などに効果があります。湧き出したばかりの鉄泉は、無色透明ですが空気に触れて酸化するにつれて赤茶色になり、褐色の沈澱が起こります。
