二酸化炭素泉(炭酸泉) のカテゴリー
長湯温泉 【大分県】 ながゆおんせん
長湯温泉は、大分県九重山系の東のふもとにある直入町にあります。泉質は国内では数少ない炭酸泉で、湧出量と二酸化炭素の含有量、温度から、日本一の炭酸泉と称されています。高濃度の炭酸泉は全国でも十数ヵ所しかないといわれています。
ドイツの温泉療養都市と友好を結び、飲泉中心のヨーロッパの温泉地のように、飲泉場がいくつも設けてあります。歴史は古く、与謝野晶子や作家の田山花袋も訪れたといわれている温泉として知られ、湯治場としての歴史の長い温泉場です。
カジカの鳴く芹川沿いにあるラムネ温泉には、露天風呂と家族風呂があり、40年ぶりに復活した創業100年の大丸旅館があります。
温泉の場所:大分県直入郡直入町長湯温泉
玉川温泉 【秋田県】 たまがわおんせん
玉川温泉は秋田県仙北市にある温泉で、1680年マタギに発見され、そのときに鹿が傷を癒していたことから、「鹿の湯」とか「鹿湯」と呼ばれていました。
1885年(明治17年)湯治場として開かれるまでは、近くにあった硫黄採掘所の工夫やマタギが利用していたにすぎなかったようですが、温泉場として本格的に開かれることになったのは元号が昭和になってからです。1934年(昭和9年)にはそれまでの鹿湯から玉川温泉に名称が改められました。
温泉郷は、田沢湖の北東20Km、駒ヶ岳・乳頭山に抱かれた標高1,000メートルの高地、ブナの原生林に囲まれ、そこを流れる先達川と支流沿いに七つの温泉が湯煙を上げています。
この他に高原リゾートの雰囲気タップリの田沢湖高原温泉などもあり、田沢湖町は日本有数の温泉の町と言えます。
温泉の場所:秋田県仙北郡田沢湖町田沢玉川
有馬温泉 【兵庫県】 ありまおんせん
六甲山のふもと六甲山系に抱かれた有馬は、日本最古の温泉で、すなわち人間がまだ土を掘る技術を持たない時代より大地の恵みを蓄え湧き出ていた自然の温泉であるということです。由来は神代に遡る三古泉・三名泉の一つです。
太閤秀吉が愛した温泉地としても有名で、近年秀吉の湯殿跡も発見されました。大阪より1時間、神戸三宮より30分とアクセスも良く、関西の奥座敷として親しまれています。
平安時代には今日の都にも評判が伝わり、清少納言も「枕草子」にその名を記した、薬効豊かな有馬の湯(御所、天神泉源)があります。
豊臣秀吉もこの有馬を9回も訪れ、晩年には弱り行く自分を嘆き、「月も日も いのち有馬の湯にうつり やまいはなしの 花とちりけり」和歌を残しています。有馬温泉で病を治し、豊臣家の栄華を守ろうとした豊臣秀吉。有馬の湯は天下取りの源だったのです。
江戸時代に入ると、有馬の名は全国に知れ渡り、温泉番付では東の「草津」と並び、当時の最高位「西の大関」(関脇 城ケ崎温泉、小結 道後温泉 前頭 山中温泉)と称されたほどです。
温泉の場所:兵庫県神戸市北区有馬町
三瓶温泉 【島根県】 さんべおんせん
三瓶温泉は島根県大田市にあって、三瓶山の南麗(標高500m)に湧く高原の閑静な温泉です。
寛政年間(1789?1800年)の記録によると、「四岳の湯谷温泉」とあり、湯治場として賑わっていたとのことです。
昭和30年頃から湯治以外の利用が盛んになり、昭和34年に国民保養温泉地に指定されました。
現在、山陽方面 から多くの人達が訪れ、登山・ハイキング・研修・保養・世界遺産「石見銀山」観光などの基地となっています。
温泉の場所:島根県大田市三瓶町志学
明治温泉 【長野県】 めいじおんせん
湯みち街道に沿って流れる渋川沿いに点在する、奥蓼科温泉郷(横谷温泉・明治温泉・渋川温泉・渋温泉など)の一つです。
江戸時代(1840年)に発見されて明治時代に宿ができたから「明治温泉」なのではなくて、温泉名の由来は「明らかに治る」から明治と名付けられたそうです。
明治温泉は、カラマツ林に囲まれて、「おしどり隠しの滝」のたもとに一軒宿の「明治温泉旅館」があります。
江戸時代以前から開かれていたという湯みちの道すがらには、病の癒えた人々が寄進した石仏「湯みち観音」が33体、湯治場への道しるべにと並んでいます。
温泉の場所:長野県茅野市北山奥蓼科

